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やってもうた

また大きな買い物をしてしまった。

今日は雨なのでずっと家にいたわけだが、やはりする事が無く間が持たない。
自分の部屋にいるのに、実に息苦しい。

ラジオもテレビも書籍類も受け付けないので、必然的に俺はパソコンのモニタを眺める事になる。

ネットの世界は、俺にとってある意味危険な世界だ。
クリックひとつで、簡単に買い物が出来てしまう。

前々から欲していたが一度はあきらめていた、クルマのパーツのブックマークを、俺は開いてしまったのだ。
そして何かに導かれるように、俺は購入ボタンをクリックしてしまった。

少し救いな点は、いつもはクレジットカードを使っていたが、今回は現金払いにしたことだ。
それにより、ある程度カネのやりくりにメドが立つ。

とにかく、やってしまった事をどうこう言ってももう遅い。
なんとかなると、無理やり思うことにする。
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生活レベル

一度味わった生活レベルを下げるのは、非常にむずかしい。

俺は以前、今の約3倍の収入を得ていた。
あの頃は、知らないうちに百万単位でカネがたまり、使い道に困っていたほどだ。
決してバブルの頃ではなく、フリーランスと派遣のダブルワークをこなしていた頃だ。

それが今はどうだ。
下手すると食うにも困る有様だ。
膨大な借金さえある。

転落の一途とは、まさに俺のような人間のことを指すのだろう。
もう貧乏くさい生活はこりごりだ。
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節約

雨だ。
それも激しく降っている。

ドライブ依存症の俺も、さすがにこの雨では出かける気にならず、家にこもっている。

ただ、以前自転車にぶつけられたナンバープレートの折れ曲がりが気になっていたので、午前中陸運
事務所に行き再発行の手続きをしてきた。

連休明けの陸運事務所は、えらく混んでいた。
俺はこの類の手続きは、今までディーラーに任せていたが、手数料がかかるので今回は自分で行った。

昨日の洗車にしろ今日の手続きにしろ、自分でやればそれだけカネが浮く。
今の俺に出来る、精一杯の節約行為だ。
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脱:不毛ドライブ

洗車をした。

今日も不毛なドライブに行きかけたが、なんとか自制し近場の洗車場でひたすらクルマを磨いた。
この季節だというのに、汗をだらだら流しながら洗車に精を出した。

俺は、ついこないだまで洗車はプロに任せていた。
それも、わざわざ東京にまで行ってだ。

東京までのガソリン代プラス洗車代は、決してバカにならない金額だ。
今の俺の社会的経済的立場を考えると、他人に洗車をお願いするなどという行為は、犯罪に等しい。

そもそも、クルマを所持している事自体に問題があるのかもしれない。
しかし、そのラインだけは俺は譲れない。
俺からクルマを取り上げたら、何も残らない。

いずれにしても、これからはせめて洗車ぐらいは自分で行うようにしたい。
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休日アレルギー

やっと三連休の中日が終わろうとしている。

俺は、何かしらのイベント事に弱い。
いつもと同じレギュラーな生活を好む。

働いていた時も、職場の年末の大掃除とかのイレギュラーな日は憂鬱だった。
そういう、いつもやっていない事を実行しようとしても、何をしていいのかわからずオロオロしてしまう。

たいていの人は、そのような時自分のやるべき行為を見つけ、それを全うするのだが、俺はいつもと
違う場面に出くわすと必ず浮いてしまう。

ただでさえ居場所が無い俺は、尚一層居場所が無くなる。
俺は、あの感覚がとても苦手だ。

三連休というものも、似ている感覚がある。

明日も世間は休みだ。
働いていた時もそうだったが、今でも俺は休日アレルギーだ。
早く明日が終わって欲しい。
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俺はだらしのない人間だ

俺は、懲りない人間のようだ。

少しカネの余裕が出来たと思えば、すぐにガソリン代にしてしまう。
そしてまた、不毛なドライブを繰り返す。

昨日今日と、それをやってしまった。

俺は、カネに限らず、何かを取っておくという行為が出来ない人間だ。
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ネガポジ

なにゆえ俺は、ネガティブになってしまったのだろうか。

そもそも、ポジティブな人間は是とされネガティブな人間は非とされる世間の風潮が、俺は気に食わない。

ネガティブな人間がいるからこそ、ポジティブな人間が存在し得るのだ。

世の中の人間が全員ポジティブあるいはネガティブでは、この世は混乱するに違いないと、俺は思う。
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失敗は卑屈のもと

失敗は成功のもと、とよく聞く。

俺の場合もたしかにそういう事もあったが、だからと言って全面的にそれに賛同は出来ない。
なぜなら俺にとって、失敗は「卑屈」のもとでもあるからだ。

もう50年近く生きてきたが、俺が経験してきた失敗は、その多くが「卑屈」を生んだ。
ポジティブな人間は、そこで卑屈にならずに、失敗をバネにして多くのものを学ぶのだろう。

だがあいにく俺は、超ネガティブな人間だ。
だから何かしら失敗すると、どうせ俺なんてそんなもんだと卑屈になり、もうそれ以降同じ事へのチャレンジ
を諦めてしまう。

そのような経験が50年積み重なると、それを修正するのは簡単な事ではない。
俺みたいな人間は、本当に生き辛い。
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150万円

俺は、昔勤めていた会社に貸しがある。

その会社には3年ほど勤めていたが、俺が辞める3カ月ほど前から給料未払いだったのだ。
なおかつ、俺が辞めてからその会社の仕事を個人で請け負った報酬も未払いだった。

その額150万円。
諦め切れる金額ではない。

そのため、当時俺は裁判沙汰にしたのだが、裁判の一歩手前の調停という公の場で、いつか必ず支払い
ます、という公約を社長から得た。

だが、その後何度か催促しても一向に支払う気配も無く、会社は倒産していた。

俺は今日、何気なく携帯を見ていたところ上記の件を思い出し、元社長に思い切って電話をかけてみた。
元社長は、以外にすんなり電話に出た。

しかし、相変わらずのらりくらりでハナシにならない。
もう10年以上前の事なので、俺もダメもとで連絡したわけだが、誠意というものが全く感じられなかった。

なので、もうこの件はきっぱり諦めることにした。
なんだか後味が悪い。
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触手

俺には、人と関わるための触手が無い。

人は、それぞれの触手とそれぞれの触手を絡ませ合ってコミュニケーションをとっている。
触手が多ければ多いほど、様々な人間と接触出来る。

だが俺にはその触手というものが存在しないため、他者はどんな触手をもってしても、俺とは絡めない。
要するに、俺はつかみどころが無い人間であり、もっと言えば取り柄が無い人間なのだ。

こうして書いてみても、俺のこの透明な存在っぷりはどうしても上手く表現できない。
それは、過去何十年とその感覚を積み重ねた人間でないと、説明し得ない。
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