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よりどころ

俺には、よりどころが無い。

多くの人間にとって、それは家庭である。
そしてそれは、何も気遣うことなく自然体でいられる場である。

だが俺にとってその場は、むしろ真逆な存在だ。
とてもじゃないが、安心してくつろげる場ではない。

ひどく窮屈で息苦しい場だ。
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空洞家庭

俺が育った家庭は、つぎはぎだらけで中身はスカスカの空洞家庭だ。

そんな、家庭と呼べない家庭には、祝いの場など存在し得ない。

俺は、そこに身を置くと息が詰まり、一刻も早くその場から逃れたくなる。

何十年もの歳月をかけ出来あがったその空洞家庭は、もはや修復不可能なのだ。
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当たり前

当たり前な家庭で当たり前に育った人間に、俺の言動をとやかく言う資格は無い。
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発症

中学高校のあたりから、俺は少しおかしかった。

クラスにいてもいなくても気が付かれない人間が、たいてい何人かはいるものだ。
俺は、まさにそういう存在だった。

それでもその時は、今ほど深刻に考えてはいなかった。
それが如実に現れてきたのは、大学卒業後初めて就職した会社だった。

その会社の入社時に行われたオリエンテーリングで、俺は激しい違和感を覚えた。
誰とも仲良くなれず、居づらかった。

仕事を始めてからも、俺の周囲には人が寄り付かなかった。
その傾向は、年を追うごとに顕著になった。

俺は、仕事の忙しさを理由にして、その違和感を感じながらも気付かないフリをしていた。
だが、そのごまかしも長くは続かず、完全に俺の居場所は無くなり、結局5年で退社した。

今思えば、俺はその頃から仮面うつ病だったのかもしれない。
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俺は、誰かと何かを楽しむなどという、高度な技を持ち合わせていない。
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輪郭

俺は、輪郭さえも無い、誰にも見えない完璧な透明な存在だ。
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非交流

俺は、誰とも交わっていないし流れてもいない。
俺は、酷く淀んだ誰にも見えない水たまりだ。
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わからない

人とどう関わればいいのか、わからない。

ありのままでいい、と言われてもわからない。
ありのままというのは、一体俺にとってどういうことなのか。

40歳まで曲がりなりにも社会に身を置き労働行為をし、その後7年引きこもり、やっと社会復帰したと思ったら1年でギブアップした俺だ。

そして俺は、今また引きこもっている。
こんな人間を、誰が相手にするものか。

俺だって、こんな状態の自分をさらけ出したくない。
もうドン引きされるのはこりごりだ。

本当に、俺はどうしたらいいのかわからない。
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無視と無関心

俺は、人に無視されているわけではない。

無視というのは、能動的に視線をそらすという一種の行動だ。
それには、無視をする、という意識が働いている。

それに比べ、無関心というのは、何の意識も持たずにただ素通りするだけだ。
それは、決して行動ではない。

皆、俺の前をあるいは俺の中を素通りしていく。
俺は、人が無関心であるという対象なのだ。
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ラーメン

価値観の押しつけの一例だ。

美味いラーメン屋があるから食べに行こう、などと誘われても俺は行かない。
どんなに評判な店であろうと、俺は行く気がしない。

たとえ実際に行ったとしても、行列を見ただけで俺はげんなりする。
それならば、となりの空いている牛丼屋に迷わず行く。

なぜ人は並んでまでその類の店に入ろうとするのか、俺にはさっぱりわからない。
そこまでして美味いラーメンを食べようとは、俺はさらさら思わない。

俺は、食文化をバカにはするが否定はしない。
好きな人はどんどん追求するがよい。

ただ、その愚行に俺を巻きこまないで欲しい。
たかがラーメン、たかがラーメンだ。
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