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手遅れ2

俺は、地に足が付いていない。
自分でもそう感じるし、かつて人にもそう指摘された事がある。

それは、安心出来る家庭という土台が、俺には存在しなかったからだ。

しかし、そんな人間でも、一つだけ挽回するチャンスがある。
自分で新たに家庭を築く、というチャンスだ。

だが俺は、この歳になってそれをも手にしていない。
やはり俺は、もう手遅れな人間なのだ。
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カバ

俺は、どうやらカバになったようだ。

俺が20代の頃、当時勤めていた職場で、ある心理テスト本が流行った事があった。
その本が出す結果は、かなり正確で的を得ていたと、評判だった。

俺も無理矢理その心理テストをやらされ、俺は正直に答えていった。
そして出た結果が、カバが水面で口を開けているような何もしない人間、と評された。

元々その本のコメントは、どんな結果でも辛辣だったが、それをフォローする部分もたいていの結果には書いてあった。
だが、俺の結果には、そのフォローも無く、ただただ俺はダメ人間だという結果になってしまった。
俺にその心理テストを行わせた後輩も、あまりの俺の結果の酷さに、困惑していたのを覚えている。

今の俺の生活を鑑みるに、あの本はやはり正しい結果を出していたことになる。
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ALL or NOTHING

俺の依存度は、極端に高い。

それは、人であったりモノであったりするが、とにかく際限なく依存してしまう。
今はクルマだ。

俺は、今のこの身分でありながら、相変わらず高価なパーツなどを購入してしまっている。
簡単に言えば、そういう行為をしていなければ、とてもじゃないがこんな人生やってられないからだ。

ではなぜ、俺はそのような人間になってしまったのだろうか。
それは、何かに依存する際に、「さじ加減」を知らずに育ったからだ。

ALL or NOTHING という言葉があるが、俺はまさしくそれに当てはまる。
全ての力を注ぎ物事に集中するか、全く何もしないか、のどちらかだ。

人は、そこらへんの塩梅を成長過程において覚えるものだ。
しかし俺は、そこが抜け落ちている。

そしてそれは、社会生活を送る上での生き辛さの大きな要因の一つになっている。
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家庭

家庭とは本来、人が最も安らげる場である。

人はそれぞれが、家庭から学校や職場に行き様々な苦しみに遭遇する。
そして家庭に戻り、その疲れを癒す。

だが俺の家庭の場合、その方程式は通用しなかった。

家庭が、きゅうくつで仕方なかったのだ。
とてもじゃないが、くつろげる空気ではなかった。

その結果、外でも苦しみ家庭でも苦しみ、その疲れを癒す場が俺には存在しなかった。

家族は、産まれて初めて経験する社会であり、そこで後の社会生活を送る上で必要な術を、自然に会得する。
その社会が正常に機能していなかったとしたら、その後の人格形成に大きな影響を及ぼす。

時には、その影響が取り返しのつかない事態を招くこともある。
今の俺が、そのいい例だ。
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背伸び

人生において、ごまかしは効かない。

たとえば去年社会復帰した時も、俺は精一杯背伸びをして、何とか己の存在を顕著にしようとした。
自然体で臨めばよかったのだろうが、当時の俺は久しぶりの社会参加に浮足立っていた。

では自然体とは、俺にとって一体どのようなスタンスなのか。
俺の自然体は、社会に背を向けしゃがみこんでいる様そのものだ。

そんな人間を、社会は必要とするだろうか。
俺が採用する方だとしたら、真っ先に落とすだろう。

そしてそのような状況で社会復帰しても、俺のごまかしはすぐにその効果を失った。
背伸びをしても、それは決して長続きはしない。

どんなに繕っても、俺は透明な存在であり、社会に通用しない精神障害者なのだ。
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